No.1 2008年1月
「時間」について
滝沢 陽一
「時間」について関心を持ち始めたのは何年前であろうか。
大学の英文学史の講義でジェイムズ・ジョイスやヴァージニア・ウルフの小説における「意識の流れ」の手法について語る必要があったし、
聖書における終末論への関心から時間論への移行もあったように思う。クルマンの「キリストと時」を読んだ記憶もよみがえっていた。
ターナー「シェイクスピアと時の性質」を読んだのがきっかけとなり、ちょうどT・S・エリオットを読んでいたので、 時と永遠の問題を扱っている「四つの四重奏」を材料にして「『「四つの四重奏』における時間の諸相」という論文を書いて鶴見大学の『紀要』に載せたことがある。 そのときから購入し始めた時間論の書物は、波多野精一の『時と永遠』アウグスチヌス、アリストテレス、ベルグソン、ハイデッガーなど、 とても読み切れない書物を初めとして現在まで二十数冊に及んでいる。 昔のことになるが一九七六年(昭五一)は日本において時間論が流行した年であり、われわれ素人向きの著作が与えられたのは幸いであった。 中埜肇『時間と人間』(講談社現代新書)をおすすめする。
モモ
モモちゃんを知っていますか。『モモ』とは岩波少年少女の本、つまり小学生向きの物語で七六年(昭五一)七月に出版され、 この年の大きな収穫とされている。ドイツの童話作家ミヒャエル・エンデという人の作品(一九七三)で、これがなんと「時間論」なのである。 今では知らない子供はいないくらい有名な作家となっている。
訳者のあとがきによってその大筋を書くと次のようになる。
主人公のモモは、年齢も素性もわからない浮浪児です。ほんらい、現代のように完全に組織されてしまった社会は、
浮浪児というものの存在を許しません。ですから、現代人が失ってしまったものをまだ豊かに持っている自然のままの人間の、シンボルのような子どもなのです。
このモモをとりまく世界は「灰色の男たちという奇妙な病菌に犯されはじめています。人びとは「よい暮らし」のためと信じて心死で時間を倹約し、
追いたてられるようにせかせかと生きています。子どもたちまで遊びを奪われ、「将来のためになる」勉強を強制されます。
友だちの、夢にいきているジジは、この世界では巨大な情報産業におどらされる操り人形のような作家になります。
こうして人びとは時間をうばわれることによって、ほんとうの意味での「生きること」をうばわれ、心の中は貧しく、荒廃していきます。
それとともに見せかけの能率のよさと繁栄とはうらはらに、都会の光景は砂漠と化してゆきます。
物語は豊かな想像力の展開の中に進みますが、人間から時間を盗む灰色の男たちの陰謀にモモがついに打ちかつのです。
ほんとうの時間を取り戻して。
インターネットによる情報、産業、インスタント食品などによって私たちは時間を節約しているが、その時間はどのように使われているであろうか。 さらに時間の節約へと追われ、「忙しさ」の中に、文字通り「心を亡くしている」のではなかろうか。あわただしく働いて一生を過ごし、 気づいたら老年に至っているのが現実となりつつある。
時間とは何か
時間は数えられるが、目に見、手でとらえることはできない。時間がたたないと何事も何物も生まれ、育てないし、 時間が経つと全ては衰え、滅び、死滅する。地上に時間に抗して永久のものは存在しない。
アウグスチヌスは時間について「だれも私にたずねない時、私は知っている。たずねられて説明しようとすると、知っていない」と語ったそうであるが、 人間にはとらえがたくとも時間は万物の「存在」そのものと切り離しがたく結びついている。ハイデッガーの『存在と時』もこれに関連しているが、 この大著にとりくむ力は私にはない。しかし次の言葉は時間の本質もしくは「根源の時」をよく示していると思う。
「いわゆる有時(うじ)は、時すでに有なり。有はみな時なり」
(道元『正法眼蔵』有時。)
「世界は時間の中に創造されたのではなく、時間と共に創造されたということは疑いない」
(アウグスチヌス『告白』一一巻一四)
時間とは何か。存在と共に時間があり、時間と共に存在がある。 その事は分かる。それ以上は、時間の「すがた」を考察することによって分かってくるのではあるまいか。
時間の九つのすがた
一、歴史的、客観的な時間、外側から眺められる時間、事件がその中で生起する場としての時間、いわゆる時間がある。 時計が示す時間である。人間とはかかわりなく、つねに継続している時間である。
二、主観的な時間、時間の個人的な体験、その変化の動的な経過である。 楽しい時はまたたく間に過ぎ去り、苦しい時はなかなか過ぎ去らない。この時間は量的に、はかり得ない。
三、破壊者としての時間がある。ギリシャ神話において、クロノスは老人で、手に大鎌をたずさえ、すべてを切り取っていく。 生きているということは、時間の経過と共に、死と滅亡へ歩むこととも言える。ハイデッガーは人間の存在を「死への存在」としてとらえた。 永久的なものはなく、無常こそ時間の生み出したものである。
四、宗教とは時間を永遠によって支配し、時間を起え、時間の束縛から人間を解放するものである。 「時と永遠」は波多野宗教哲学のみならず、宗教と哲学の永遠の主題である。
五、自然的時間がある。自然の世界はそれ自身のサイクル、リズム、期間を有している。 常夏の国にも微妙に四季が感じられ、人間の運命や悲喜にかかわらず、「日は昇り、日は沈む」(屋根の上のバイオリン弾き)。
六、原因があり結果があり、結果が原因となり、その媒体として時間が存在する。 その意味で因果は働き、運命や宿命の背後にも時間はひそんでいる。
七、特定の時、瞬間や期間としての時間が存在する。「時が満ちると」(ガララヤ四・四)イエス・キリストは時間の中に生まれたように「何事にも時があり、 天の下の出来事にはすべて定められた時がある」(コヘレトの言葉三・一)
八、時間は暴露者であり審判者である。ゲシヒテ(歴史)はゲディヒテ(審判)であると語呂あわせで説いたのはシラーであるが、
隠れたことを時間の経過の中にあらわにし、また可能性を現実性に変える。
同時にこれと反対に万事を忘却の彼方におくるかに見える。「忘却とは忘れ去ることなり」(君の名は)とは人間の時間へのはかない抵抗である。
しかし忘れようとしても時間は結果を生み、また暴露する。
九、リズムとしての時間があるタイミングもこれである。よい事でもタイミングがあわないと空しく終わることが多い。 人間、その時を誤ると、大きな迷惑を与えたり、あせって失敗したりする。
このようにさまざまな時間と密着して人間の生と存在は経過し、やがて時間の導くままに死へとおもむいていく。
その時間と「信仰」はどのようにかかわっているのであろうか。
永遠の今
破壊者としての時間がある(三)。一休和尚は元旦の京の町を、されこうべをぶらさげて「ご用心めされい」と叫んで歩いたという。
「時間は私たちが身を置いている氷塊である。それは次第に溶け去り、最後の塊は、もはや私たちを支えることはできなくなる」(バルト)
新らしい年を迎えた。青春にとっては大きく展開していく時間であるが、それは同時に死滅への一歩を歩み出したともいえる。 時間は前からやってきて、私たちのものになると共に、うしろから私たちを駆り立てて終わりへと急がせる。
「暗黒から暗黒へ」と、「もはやない」から「まだない」へと歩んでいくこととしての我々の現在は、我々が、かつてあり、 持っていたものが、これからあるであろうし、持つであろうものに、場所をあけるために絶えず奪われていく。 この現在はそもそも何であろうか」(バルト)
「過去とは「もはやない」ものであり、未来とは「まだない」ものであるならば、「現在がある」とどうしていえるのであろう」(アウグスチヌス)
このような時間の力、現在の不安定に対して聖書は「たとえわたしたちの『外なる人』は衰えていくとしても、
『内なる人』は日々に新たにされていく」(第二コリント四・一六)と語る。
移り変わる人生の日々の中にも、今、ここに、この私が、しっかり生きることができるという。
それはいかにして可能であるか。「イエス・キリストは、きのうも、今日も、また永遠に変わることのない方です。」(ヘブライ一三・八)
インマヌエル(神は我々と共におられる)(マタイ一・二三)の主が「言は肉となってわたしたちの間に宿られた」(ヨハネ一・一四)と記されているように、 信仰において、人間の歴史の中に、すなわち今、ここに、私たちと共に、永遠なる方がいましたもう。 昨日(過去)今日(現在)永遠(未来)なる方がこの私と共にいて下さる。
この私が信仰において、主イエス・キリストと共に生きる時に、私は時間の経過を越えて存在すると言うことができるのである。
今において、永遠につらなることができる。キリストの今において、神の永遠に接することができる。 永遠とは時間により変化をうけることのない、「まことなるもの」をいう。自分の存在と生が、主にあってまことなるものとされて、時間を克服したものとされる。
「それゆえ、私たちの生は「主に結ばれているならば、自分たちの苦労が決して無駄にならない」(第一コリント一五・五八)と語られ、 無や空に向かって破壊されるのではなく、一日一日がその存在を確かなるものとされる。 「だから、明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日みずからが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である」(マタイ六・三四)
あとがき
・創刊号でありながら本号は「エベネゼル」五号の改訂版です。
「エベネゼル」は鎌倉で五号で終わりました。新共同訳では「エベン・エゼル」、「助けの石」の意味です(サムエル記上七・一二)。
サムエルが「今まで、主は我々を助けて下さった」と言って石を一つ取り、ミツバとシェンの間に置いた故事によるものです。
・二月に八十五歳になり、いずれ人工透析が始まり、何年か生き延びますので、新たに石を一つ置かせていただきました。
・「葡萄園」は九二号(二〇〇〇年)まで聖書各巻の解説を主にしたものでした。
ホームページやブログの時代の活字印刷ですが、自由な内容を不定期に書かせていただきます。
