ベストピア
月刊ベストピア

2010年 4月号 第278号

1.近況報告 その1

 皆々様には大変ご無沙汰をし恐縮に存じております。
 私は全て恵まれ稔り豊かな毎日を感謝一杯で生きております。
 現役時代と変らず、移動の多い日常で、家でゆっくりする暇もありません。厳しい時代が人をますます多忙にしていくようです。 人類が願いつづけてきた「便利さ」が極致に達し、「便利さ」に人が支配されているというべきでしょう。
 人というものは不可思議なもので、私自身を観察しても、自分でさえ、明日の自分が判りません。

(1)意欲に目覚める

 自分にこんな『意欲』があったのかという体験を今しているところです。
 それは突然、昨年の8月末にやってきた『意欲』です。なぜ湧き出でたのかを理性に問うてみても、論理的な答はありません。
 ただ「もやもやした不快感」をふき飛ばして、『すっきりしたかった』だけです。その「もやもやした不快感」の対象というのは、年金や時間外手当や過労死や育児休業手当に関することでした。
 既に私は月10万円の年金を得ています。失業もしていません。自分にとっては殆ど無関係となっている事柄になぜ「不快感」を抱くのかも判りません。不快のままにしておくのが悔しかったのだと思います。 要は理屈抜きに「よし!社会保険労務士試験に合格する」という衝動がやってきたのです。すでに7ヶ月が過ぎ、あと少しで全10科目をひと通り学習することになります。
 3月21日には第2回目のスクーリングがあり、若い人々に混ざって現在のできばえと位置を確認したところです。60%の位置で方向性は合っている。 「こんなにやって60%か」と思ったが、すぐに、「これだけやれば60%できるのだ」ということが判り自信が出てきました。これからの問題は、どう時間を作り出すかです。 私の日常生活を分析すると、本来の仕事を10とすると、[1]南足柄市等の為の時間が3。[2]自分の健康を支える為の時間が3。[3]趣味に費やす時間が2。[4]学習する時間が2~3の間、2.5というところです。
 学習時間の半分は移動時間をあてているので、机に向う時間は僅かです。しかし早朝は効率がいい。集中力が高まっている短時間は素晴らしい。
 4月から徐々に机に向う時間を増やすように工夫しています。更に皆様に失礼が続きますが、おゆるし願いたい。することが大切なのです。

(2)決断を学ぶ

 3月21日のテストは急に知らされた。限られた時間で、何を補強し、何をあきらめ捨てるかという戦略的決断に迫られました。 当日も問題をみながら常に何を捨てるかを一番の目標としまた。4ヶ月前の学習がどれほど知識として定着しているかを知ることはスリルがありました。 前日は早く寝て体のコンディションだけは万全にしたかったが、春の嵐は異常気象を上まわるもので、当日の交通機関にも支障が出ました。 何があっても一回きり、どんな言い訳もできないのが「決められた日」である。その日を迎える準備をするのに、この試験は役に立ち大いなることが豊かに学べることに気づいたところです。
 結果は零ではなかった。直前対策が功を奏して失望しなくても良い結果となりました。
 実のところ毎日の学習は、砂浜の砂に文字を書くが如く、小さな波にも消されてしまう、はかない業ではあるが、はかない業を果てない業にするしかないのです。
 「教育とは流水に文字を書くような果てない業である。だがそれを巌壁に刻むような真剣さで取り組まねばならぬ。」(森信三先生の言葉)が迫ってくる毎日です。
 覚えては忘れ、忘れては覚え、又、覚える。そして忘れる。忘れることを恐れず、いつ忘れなくなるかを試すのは結構たのしいことです。

(3)年金問題は深刻だ

 学習して判ったことは、年金問題は全国民にとって大変厳しいものになっているということ。今、年金をもらっている人とこれからもらう人の間の格差はどんなにしても埋まらないようです。 平成21年度の年金は「標準的な年金受給世帯」(夫が平均的収入で40年間就業し、妻がその期間すべて専業主婦であった世帯のこと)の62.3%だそうですが、この水準を50.1%にしないと制度がもたないようです。 詳しくは全て試験後といたしますが、今更、こんなことを知って何の役にたつのかと思わないわけではありません。人生知らなくていいことがたくさんあります。
 知った以上は正しく伝えたいと思うのが私の根にあります。9月以後のベストピアをたのしみに待ってください。

 

2.近況報告 その2

(1)子供達は宝塚へ引越しました

 息子の譲治38歳の新しい旅への出発です。私も38歳のときに税理士を開業したことを思い出し、家族の脚本があるのかもしれないと考えています。
 静岡県藤枝市での3年間の暮らしも充実していたようで、引越しに際し、さまざまの良いドラマが展開されました。

[1] 孫たちの挨拶への感謝
 二人の孫は小学校への通学路で、ある老人にいつも笑顔で挨拶をし、立ち話をしていたとのこと。 母親もよく知らない人だったとのことですが、引越しを聞いて「寂しくなる、本当に良い子供たち、私のような者に話しかけてくれて・・・」とプレゼントをもって自宅を訪ねてくれました。

[2] 孫娘の帆乃(ほの)桂(か)は小学校を卒業しました
 引越しの予定の入る前に静岡県が主催するカナダへのホームステイの抽選に当たって、3月22日~3月29日まで素晴らしい旅の体験をして帰ってきました。
 卒業式、海外旅行そして引越、めまぐるしいスケジュールを元気にこなしていきました。引越しに際しては、ご近所の方々から連日のお別れパーティをいただいて、私も3月31日に参加させてもらいました。
 家族全員が地元で人気者になっていたようで、いい人生を与えられています。帆乃桂のカナダ訪問記をたのしみにしているところです。

(2)一歩の勇気 ・・・ 帆乃桂の残した最大のもの

 孫の話はどこの家でも尽きませんが、ベストピアの記録に留めておきたく、あえて記します。
 カナダのホームステイは申込と抽選で決まるものでした。二人が早期に申込みをしていたのですが、二人とも抽選にはずれました。 もう一人の申込みをした(a)ちゃんのお母さんAさんが「なぜはずれたのか」を調べたところ、担任の先生が失念していて、提出日を過ぎていたことが判明しました。
 Aさんの抗議のおかげで、二人はキャンセル待ちのトップになっていました。殆どあきらめていたのですが2月の中旬に二人はキャンセル待ちの権利を行使することができ、めでたくカナダ行きが決ったわけです。
 事件はこれから思わぬ展開となります。

 Aさんの担任の先生への抗議はその後も続き、(a)ちゃんの登校拒否となり、そのことによって、学力のある児童たちまでが担任の先生の悪口を言い出しました。 これがある事件に発展するのですが、担任の先生はそのことでショックを受け、教室をとび出すという打撃を受けられました。すぐに戻ってこられ平常になりましたが、児童たちの心は落ち着かなかったようです。
 ここで帆乃桂は数人の友人に声をかけ、自分たちは「そう思ってない」、全員が「そう思っていない」ことを先生に伝えに行こうと呼びかけました。 3人で職員室を訪ね、そのことを伝えたとき、先生は感謝して涙を流したそうです。「児童に励まされた」いい先生です。
 私はこの話を聞いて、孫娘は立派だと思いました。卒業間際の、この『一歩の勇気』は、カナダ旅行と同じくらいに彼女の人生の美しい花として咲き続けるでしょう。

 

3.雲の上は晴れている

 この言葉がどこに在ったのかは知りません。私が飛行機に乗っている時によく感じることです。この言葉を私から20年前に聞いて、その言葉に励まされて生きてきたという人に再会しました。 当時その人は30歳だったということで、20年振りです。どの人生にも疾風怒濤の時代があるものですが、この人の半生は経済小説に十分になり得るものです。 28歳まで温室育ちのお嬢様が、ある日突然に父親の会社が危機になったことを知らされ、判断力のなくなった父親を支えて旅立つところからこの物語がはじまります。 新婚早々でした。私たちのプロジェクトチームが呼ばれたとき、その人は子宝を授かったばかりでした。チームの或る人はそのことを非難しました。私だけが「大切にしなさい。元気な子供が生まれるように」と言ったとのことです。 プロジェクトチーム(とは言っても最後に残ったのは私ひとりでしたが)は、早期の自己破産を勧めました。しかし父親が納得せず、私も去ることになりました。 その後、その人は力を発揮し、政財界の大物とも知己になり、合併を繰り返し、苦難に耐え、2年前に苦痛に満ちた病にかかった父親が劇的に安らかな最後をホスピスで迎えられ、安堵し、その後に自己破産をしたということです。
 20年間、経営者でありながら、十分な医療も受けられない最低の生活をしながら、二人の子を育て立ち上がろうとしている姿に私は胸の熱くなる思いで一杯になりました。 その人は父が最後に「雲の上は晴れている」という言葉の意味を理解してくれたのではないかと話してくれました。何気ないひと言が、良い意味で他人に受け取ってもらえました。 逆に、人はどれほど自分の何気ないひと言で他人を傷つけているか、反省をさせられた瞬間でもありました。

小原 靖夫