2009年12月号 第274号
苦悩をつき抜け歓喜に至る
(1) 12月は第九
べートーヴェンの交響曲第九は全世界で有名になっており、我国では12月にはなくてはならない「師走の風物詩」的な音楽になっています。
12月は第九の花咲りで、私も今年は4回聴きにいくことにしています。
少し復習をしてみます。第九はベートーヴェン54歳の時に完成しています。作品番号は125(全体で135在るといわれています)晩年の作品で3年後に召天しています。
第九は合唱で歓喜を歌い上げて終りますが、ベートーヴェンは人生の最後はどんなに過程が苦悩に満ちていても歓喜で終りたい、あるいは、終るべきであると.考えていたように私には感じられます。
シラーの「歓喜に寄す」の詩に出合ったのが21歳になる前で、青年の心に、人間の自由と平等への憧れ、その思いに炎が着火したようです。
ベートーベンの最も有名な「運命」と「田園」は37歳の時に作曲されていますが、その時、同時に第九の芽となる「合唱幻想曲」も発表してます。今回はそれを学んで聴いてみました。
すると第九の四楽章の合唱の有名なところが合唱幻想曲に出てくるのです。
驚きました(もっとも音楽界では常識のことなのです。今頃この歳になって驚くのは、おかしなことかも知れません)。
単純明快にその部分だけが演奏され合唱されますので、インパクトが強く沁みこみます。更に歌詩の訳がいいので感動が新らたな趣あります。
(2) 合唱幻想曲(作品80)
ピアノで始まる三楽章から成る「ピアノ・合唱とオーケストラのための幻想曲、ハ短調OP80」が正式名です。美しい合唱の作詩者は不明のようですが、日本語訳を紹介します。
優しく愛に充ちた喜びは
生命(いのち)に協和した音を響かす
そして美を感知する力は、
永遠に咲く花を育てる。
平和と歓喜が一つとなって
波のうねりのように喜々として流れる
荒々しく反目し合い押し合って
高みへと向かっていくのだ
すばらしい音が地を支配し、
神聖な存在が語り始めると
崇高な美が必然的に形成される
夜と嵐は光になり
世界の平和と心の喜びは
幸せへと導いていく
芸術を生み出す春の陽光は
この二つのものから生まれるのだ
心の内側から迫る偉大さは
花を再び美しく咲かせてしまう
心が喜び踊ると
天上の歌声がいつまでも心に響く。
美しい魂よ、喜んで受けよ、
すばらしい芸術の贈り物を
愛と力が結び合う時
神の恵みは人類に与えられるのだ。
( 国本靜三氏 訳 )
非常に判り易い訳ですが、もう一つ余音が感じられる訳を紹介します。
快く優しく愛らしき響き、
我らが生(命)のハーモニー
美の感性を揺り動かして
花を咲かせる、永遠の花を、
平和と歓喜、親しげにすべり出す
寄せては返す波のごとく
戯れながら走り出す
荒々しく敵対しながら寄せて来るもの
秩序ある高き感情に変わりゆく
音の不思議、はたらいて
言葉の神聖、語られしとき
栄光は形づくられ
夜と風は光とならん
外なる静寂、内なる至福が
幸いなるものを支配する
もって芸術の器の太陽は
その両者から光を生じさせる。
心に迫り来る偉大なるもの
かくて、新らたに美しく
高みに向けて花ひらき
精神は高揚し
あらゆる精神の合唱が
絶えずそれに唱和する
受けよ、汝ら美しき芸術の賜を
愛と力が結ばれしとき
人は神の恩寵を愛く。
合唱幻想曲はピアノとオーケストラと、この美しい詩が統合された音楽にですが当時としては、伝統を破ったもので受け入れられなかったようです。 それから16年後、まさに苦悩の深み(聴力の喪失、失恋、肉親の不幸、社会との不調和)の唯中で第九の歓喜が世に出ることになります。
(3) ベートーヴェンが生きた時代背景
ベートーヴェンが生まれた1770年は、イギリスで産業革命が始まった年です。
4歳(1775年)はアメリカでは独立戦争が始まりました。18歳(1789年)はフランス革命勃発、
アメリカでは初代大統領にワシントンが就任 22歳(1793年)フランス王ルイ6世と王妃マリー・アントワネット処刑、
25歳(1796年)ナポレオン登場、(共和制を掲げていたが)1804年ナポレオン皇帝即位したため英雄交響曲(第三交響曲)の献呈を中止しています。
1806年神聖ローマ帝国滅亡、大陸封鎖令が発せられる。1821年ナポレオン、セントヘレナ島で死去。
その時ベートーベンは50歳、まさにシュトルム・ウント・ドラング(疾風怒濤)の時代を生きていたと言えます。
「歓喜に寄す」作者のシラーは1759年~1805年の生涯、ゲーテとの交友もあり、
人類の理想への情熱に燃えて短い生涯を激しく生き抜いた生き様がベートーヴェンに共感をいだかせたのでしよう(ベートーベンもゲーテと会っている。
おもしろいエピソードがありますが後日にします)。
現代を百年に一度の世界的苦難の時代と形容されますがベートヴェンが生きた18世紀後半から19世紀前半も世界は大揺れでした。
この時、日本は鎖国で平和を享受していました。今から思えば、何と幸運なことであったことでしよう。
(4) 第九の合唱の歌い出し
バリトンが「おお友よ、このような音ではない、さらに美しく喜ばしい歌を、歌おうではないか」と歌い出します。
現状を一度否定するところからはじまることがベートーヴェンの理念のように感じています。
現状打破は、一たん現状を否定するところからはじまります。否定には勇気と忍耐が必要です。これこそが希望への出発点なのです。
現状否定は我々に艱難をもたらします。しかし智慧を授けられている人は患難にもかかわらず忍耐強く生き、忍耐の中で練達を学び、その暁に、希望を見出す。
人間は内面的及び外面的限界状況に直面したときにも志をもち謙虚になれば希望を見い出すことができると古えより教えられています。
「然のみなず艱難をも喜ぶ。そは患難は忍耐を生じ、忍耐は練達を生じ、練達は希望を生ずを知ればなり。」
ローマ書 第5章3節(文語訳より引用)
現状否定とその否定(現状をなつかしむ欲望)の交錯が、幾度もくり返されて、目覚めたる者が光をみることができる、そんな思索がペートーヴェンの音楽に感じられます。
(5) 第九をピアノだけで聴くことができる。
第九といえばスケールの大きなオーケストラと大合唱団によって演奏されますが、何とそれを一人でピアノによって演奏する人に出合いました。
後藤泉さん。若い新進気鋭のピアニストで、ベートーヴェンの全ての交響曲をピアノによって演奏しています。
私は感動しつづけて第一、第三、第六を聴き、去る12月5日に第九を聴いてきました。
テーマを鮮明に弾き出す彼女の力は力強く、しかも優雅な指からなぜこんな複雑で奥深い魂を揺さぶる音が出るのであろうか。
そして、ベートーベンの激しさはスピードを要求しますがその指使いの巧さ、小指の先から醸し出される激しさ、全指からの微かな静かで美しい音色、
第九のテーマと共にその技の芸術性に魅かれました。
音楽は聴く芸術と言われますが、見て魅せられる芸術でもあることがよく判りました。彼女はトークも素晴らしく誰にでも気さくな人柄は、今後の大活躍が期待されます。
その彼女のコンサート配られたパンフレットから第九の概要を紹介します。
第一楽章 適度に快活に、堂々と(18分)
宇宙の始まりのような神秘的な響きから、力強い音楽へ移ります(混沌から秩序を求める響きが感じられ同時に深さの追求も感じられます。 いつも真実の追求者であったべートヴェンの姿がよく現れています。カッコは私見)。
第二楽章 非常に生き生きと(10分)
魂が躍動するようなリズムが進み、中間部は牧歌的です(多くの小人がたのしくダンスをするかのように入っていきます)。
第三楽章 広々と、よく歌うように~歩く速さで(15分)
すベてのものを慈しみ、大きく包み込む美しい楽章です(天国とはこのようなものか、天上の音楽と言われています。ゆっくり美しく抒情的)。
第四楽章 非常に快杉活に(25分)
すべてをなぎ倒すような音の奔流の後、第1、第2、第3楽章が、それぞれ少しずつ顔を出し、 歓喜の主題へと続いてきます(私はここでも、第1~第3を否定して、おお友よ、このような音ではない、さらに美しく喜ばしい歌を、歌おうではないかと第4楽章が始まると感じています)。
後藤泉さんのピアノ、ベートーヴェンは全曲聴いてみたいと計画をしています。
(情報あります。お問い合せ歓迎します。)
(6) 第九をゲネプロする
「大人の休日」というクラブがあり、そこでオーケストラの知識を学んでいます。
今年のテーマは「第九を20倍楽しもう」ということで、最終日は12月24日東京都交響楽団をゲネプロできることになっています。
ゲネプロとはGenealprobeの略で初日直前のリハーサルを本番と同じ手順で行なう、総稽古のこと、本番は見れてもなかなかゲネプロをみるチャンスはない。とても楽しみにしております。
音楽用語に、ツィクルス(ZyKlus)という言葉がある。一人の指揮者が一つの楽団で連続して同一作曲家の作品を演奏すること、ペートーヴェンはその対象によくなっています。
今年は8月に飯森さんが神奈川県民ホールでの三夜連続の演奏で喝采を浴びました。昨年はボンで、クルト・マズアの指揮で聴いてきましたが、感動果て無しの貴重な体験をしました。
素人でも繰返しを積み重ねると少しずつ判ってくることがあります。
ウィーン楽友協会で第三番「英雄」を聴いて今までにない感動を受けたのが四年前ですが、何が良かったかといいますとオーボエの音が澄みわたるように響いたことでした。
以来私はべートーヴェンの交響曲はオーボエが決めると秘かに思っていたのですが、今年県民ホールでも新人の活躍が目立っていて、オーボエの荒さんがとても良かった。
そのことを官長さんに伝えると、「ソニーの大賀さんも、そんなことをお仰っていました」と語ってくれました。
大賀さんといえばソニー(当時の東京通信工業)のテープーレコーダーにクレームをつけたのがきっかけで同社嘱託になり、その後社長、名誉会長にもなられた音楽家です。
ベルリン国立芸術大学音楽部を卒業、ベルリンのソニー・センタービルの落成式でベルリンフィルハーモニー管弦楽団を指揮して第九を演奏された。
私の聴こえなくなっている耳もたいしたものだと自分の耳に感謝し、自信と誇りをもてた一瞬が今年にもあった。
オーボエとベートーベンの交響曲については更に聴きこみ聞こえないのも聞こえるようになりたいと思っています。
かくて、第九は尽きず、正月も「第九」、年度末も「第九」......
皆様、よいお年をお迎えください。
小原 靖夫
