2007年8月号 第258号
寒イン猛暑
開催が危ぶまれていた北京オリンピックが華やかに始まり、異常猛暑が続く毎日ですが、皆様お変わりありませんか。 私の家はクーラーの必要がない山奥に住んでおりますが、今年は午後の数時間は家の中にいても汗がにじみ出る時があります。 その暑さの中で高校野球の熱戦を観ているのですから、内も外も本当に暑いです。 外出する時は下着の替えを持って、帽子をかぶり、水を持参してサングラスをかけています。 家の周りでは森林浴での散歩になりますから、気持ちの良い汗がかけ、心身共に健康を感じています。 ありがたいことです。夜は少し窓を開けて寝ますが、明け方は寒くなりますので気を許すと夏風邪をひいてしまいます。暑い暑いと感じるのは東京を歩くときです。
(1)冷房との闘い
猛暑になるほど私は寒さ対策をせねばなりません。飛行機、列車、ホテルではクーラーが私には動きすぎているのです。 周りの人が半袖で平気なのに、私は上着を着て、膝掛けをしても寒いんです。 一番困るのはホテルです。高級なホテルのことは判りませんが、空調を切って眠りたいのですが、某ホテルでは布団が冬用になっているので、暑くて眠れません。 薄いものを要求するのですが毛布しかなく、仕方なく空調を入れて眠りますと、喉がやられ夏風邪の症状になってしまいます。 更に困るのが夏の研修です。一日ビルの中で省エネとは言っていますが、この暑さですから機械はフル稼働です。 夏用の上着だけでは耐えられませんから重厚な装備をして出席しています。
(2)空気の匂い
東京から我が家に帰るまでに空気は5回変わります。東京の中でも色々な空気の種類がありますが、東京は一つとまとめて、小田原駅に降りて変化を感じます。
大雄山線で塚原駅に降りてホッとする空気になります。ここから山路にのりますが、長泉院の山門で変わり、ちょうじゅうの碑のところで変わり、
我が家の30m前で川を渡って変わります。すがすがしさが増してゆくのです。緑の木々の囲まれている自然の中で夏は爽快に生活できて感謝いっぱいです。
空気は五感全体で感じるものなので匂いがあります。朝は顕著にその違いがわかります。
都会の匂い田舎の匂い、それは人の好き好きですが、さわやかさと相まって違った感じが与えられます。
省エネ宣言で始まったこの夏も異常気象と北京オリンピック、高校野球の盛り上りで家庭もオフィスも至るところで冷房はフル回転しています。
8月中旬に新大阪から乗車した「ひかり号」は乗車したとたん嫌なきついアンモニアの悪臭がします。
トイレの整備不良の時には良くあることですが、いつまでも私の鼻が慣れず、頭痛が始まりました。
周りも気になる人半分、気にならない人半分の様子。超満員で席を替えることもできず名古屋まで努力して我慢しながら、明日の仕事の準備をしました。
仕事が終わると神経が匂いの方ばかりいって症状は悪化するばかり、ついに席を立ち車掌と交渉しグリーン席に替えてもらい、やっと落ち着きました。
原因は不明とのことですが夏場に時々あることで、冷房に必要なアンモニアの装置が換気扇系統の故障かと思いきや、翌日東京からの戻りにも同じ悪臭に悩まされました。
新幹線全体が古くなり始めているのでしょう。
人が造ったものには全て古くなり、メンテナンスにも限界があり世代交替しなければならないのです。
日本の国中の組織も悪臭が漂っているようで大修繕が必要な時が本当に来ているのです。
(3)北京の空気
私は訪れたことがないので体験的には語れませんが、テレビに映し出される光景を見るだけでも足は向きません。
しかし華々しい開会式でした。日本国民も半分は開会式を観ていたようで、私もその一人です。
一番目に入場した選手はどうやってあの場で過ごしているのか気になって仕方ないほどですが、サプライズがたくさんあって会場外の街中にまで花火が仕掛けられていました。
元気でよかったなぁと思いました。
東京オリンピックも雨の可能性がありましたが、当日は奇蹟的に晴天に恵まれたことを思い出しました。
しかし北京は違いました。雨が降らなかったのではなく、会場周辺では雨を降らさないようにミサイルを用いて上空に人工的な変化を起こして、
雨雲を他に追いやったと聞いて、猛暑の中寒さの極みに達しました。
人工的に気候を操ることができるとすれば、自然体系のバランスは狂うばかりです。
文明が進み温暖化に拍車をかける経済優先行為、国威顕示行為は、うわさに聞く人工地震も本当のことかも知れないと思いました。
こんな状況でも人は夢を抱き希望を持って生きています。
華麗なる谷間
今年は北京オリンピックが8月8日の開催であった為、忘れがちになることが、8月6日と9日そして8月15日です。
日本人にとって忘れてはならず、世界に向かって語り続けてゆかねばならないのが8月です。
ユダヤ民族は記憶の民と言われ、書き記していることが多いのに反し、我々は忘却の民かの如くに、式典に参加する人のみのこととして流されてしまうことが多いようです。
8月6日、今年も広島では原爆記念式典が行われ、平和を求めるアピールがなされました。
昨年のベストピア8月号に続き、本年も子供平和宣言の全文を掲載し、この子供たちに我々が何をすることができるのかを考える時としたいと考えます。
平和への誓い
昭和20年(1945年)8月6日午前8時15分。
突然のするどい閃光(せんこう)と爆風(ばくふう)で、数え切れない多くの尊(とうと)い命が失われました。
あの日、建物疎開(そかい)や工場で働くために出かけていった子どもたちは、63年たった今も帰りません。 「いってきます。」と出かけ、「ただいま。」と帰ってくる。原爆(げんばく)は、こんな当たり前の毎日を一瞬(いっしゅん)で奪(うば)いました。
原爆は、やっと生き残った人たちも苦しめます。
放(ほう)射線(しゃせん)の影響で突然病(やまい)に倒れる人。
あの日のことを「思い出したくない」と心を閉ざす人。
大切な家族や友人を亡くし、「わしは、生きとってもええんじゃろうか?」と苦しむ人。
でも、生き抜(ぬ)いてくれた人たちがいてくれたからこそ、私たちまで命が続いています。平和な街を築き上げてくれたからこそ、私たちの命があるのです。
今、私たちは、生き抜いてくれた人たちに「ありがとう」と心の底から言いたいです。
忘れてはならない原爆の記憶や、核兵器に対する怒(いか)りは、年々人々の心から薄(うす)れていると思います。 しかし、人の命を奪う戦争や暴力は、遠い過去のことではありません。
この瞬間にも、領土の取り合い、宗教の違いなどによる争いによって、小さい子どもや大人、私たちと年齢の変わらない子どもたちの命が奪われています。
失われた命の重さを思う時、何も知らなくて平和は語れません。
事実を知る人がいなくなれば、また同じ過ちがくり返され、戦争で傷つき、命を失った人たちの願いは、かき消されてしまいます。 だから、私たちは、大きくなった時、平和な世界にできるよう、ヒロシマで起きた事実に学び、知り、考え、そして、そのことをたくさんの人に伝えていくことから始めます。
また、私たちは、世界の人々に、平和記念式典が行われ、深い祈(いの)りの中にある広島に来てほしいと思っています。 ヒロシマのこと、戦争のことを知り、平和の大切さを肌で感じてほしいのです。
そして今こそ、平和を願う子どもたちの声に耳をかたむけてほしいのです。
みなさん、見ていて下さい。
私たちは、原爆や戦争の事実に学びます。
私たちは、次の世代の人たちに、ヒロシマの心を伝えます。
そして、世界の人々に、平和のメッセージを伝えることを誓います。
平成20年(2008年)8月6日
こども代表
広島市立幟町小学校6年 今井 穂花
広島市立吉島東小学校6年 本堂 壮太
希望の革命 2
(1)著書の紹介
先月号に続いて「希望の革命」を学びます。この本をインターネットで検索すると、最安値117円から最高値6000円で入手できます。定価は1300円でした。
著者エーリッヒフロム(1900-1980)は20世紀がどんな時代で、21世紀がどうあれば良いとを提言した世界的の有名な人です。
私のベストピアのホームページの冒頭にNimokakawarazu(にもかかわらず)という言葉を掲げていますが、希望の本質を表す言葉だと考えています。
エーリッヒフロムには逆説的な表現が少なくありません。特に希望とは関係がありませんが、彼の逆説的発想を理解するために、その一つを引用します
「実際集中できるということは、一人きりでいられるということであり、一人でいられるようになるには、愛することができるようになるための一つの必須条件である。
もし、自分の足で立てないという理由で、誰か他人にしがみつくとしたら、その相手は命の恩人にはなりうるかもしれないが、二人の関係は愛の関係ではない。 逆説的ではあるが、一人でいられる能力こそ、愛する能力の前提条件なのだ。」(愛するということ)
(2)希望の逆説と本質
「社会を真に人間が幸福である方向に変革しようとする場合、どんな時にも希望が一つの決定的要素である。」としています。
E. フロムは希望の定義に迫る前に希望の意味しないものを明らかにしています。
希望を持つということはどういうことなのか? 願望や欲望とどう違うのか? より良い車や家や小物類(例 ブランド品)を欲しがる人は希望を持つといえるだろうか?
「それは違う。彼らは、より多くの消費を求める人であって、希望をもつ人ではない」
では、物ではなくてより充実した生活、より活動的な状態、果てしない倦怠からの解放であるならば、それは希望をもつということだろうか?
「確かにこの種の期待なら希望といえるかもしれない。しかし、そこに受動的な性質があり、待つという気持ちがあるとすれば、それは希望と異なるものである」
受動的希望と密接に関係するのに時に期待することがある。
「何かが起きることが期待されるとするならば、それは今ではないのであって、次の瞬間であり、次の日であり、次の年であり、
またこの世において希望が実現すると信じることが馬鹿げているとすれば、次の世なのである。」
とする信条の背後には、未来や歴史や後世に対する偶像崇拝がある。
難しい文章ですが、今ここでの自らの決断を避けて問題を先送りしていたならば、誰かが時の流れを変えてくれるのを期待することを痛烈の批判している一文です。
希望は受動的に待つことでもなく、起こりえない状況を無理に起こそうとする非現実的な態度でもない。
「希望はうずくまったトラのようなものであって、跳びかかるべき瞬間がきた時に初めて跳びかかるのだ。
希望を持つということは、まだ生まれていないもののために、いつでも準備ができていると言うことであり、たとえ一生のうちに何も生まれなかったとしても、
絶望的にならないということである。すでに存在するもの、あるいは存在し得ないものを望んでも意味がない。弱い希望しかもたない人の落ち着くところは太平楽か暴力である。
強い希望をもつ人は新しい生命のあらゆる兆候をみつけて、それを大切に守り、正に生まれようとするものの誕生を助けようと、いつでも準備をととのえているのである」(p.27-28)
希望を持つということは、一つの存在の状態である。それは心の準備である。張りつめているが、まだ行動に現れない能動性を備えた準備である。(p.31)
「希望は生命と成長との精神的付随物である」というとき前号に記した。
私たちの多くの中になおも存在する生命への愛(biophilia)に希望は関係する。希望又は潜在能力として捉えられているようです。次の文章から読み取れます。
「生命を脅かす危険を十分に認識した時に初めて、潜在力を動員して、私たちが社会を組織する方法に徹底的な変化をもたらす行動に移ることができる」
今、生命を脅かす現象が便利さの追求(効率の裏面にある)、バベル化現象(例えば意味のない高層建築物。これは権力の象徴のようなもので自然破壊を伴う。
ひと時は人が神以上になったと錯覚するが、必ず崩れ落ちるもの)によって顕著になり、環境破壊や新しいウィルスをつくり出すことによって、誰の目にも明らかになりつつあります。
現在は生命を脅かす現象があまりに多すぎ、日常化し危機とし感じられなくなっていることに大きな問題がある。
自殺や他人を殺すことが戦場だけでなく、砂漠の中ではなくて、日常の市民生活の場で日常化している生命を脅かす危機にどう立ち向かって生きてゆくべきかが全ての人に問われている。
「希望が失われたら生命は事実上あるいは潜在的に終わりを告げることになる(p.33)希望は生命の構造及び人間精神の力学の本質的要素なのだ」と宣言し、
他の本質的要素として「信念」と「勇気」(不屈の精神)と希望の関係が論じられてきています。(以下次号へ)
孫の作文
「一学期をふり返って」
私は一学期で、自分の意見をしっかり持ち言えるようになりました。特に国語の授業のときに、自分の意見を言えるようになりました。
四年生のときは、自分の意見に自信がなくみんなに伝える勇気がありませんでした。 五年生になって、村山先生が教えてくれた3つの約束みたいな、チャンス、チャレンジ、チェンジを聞いて挑戦をすることは大切ということが分かりました。
それから国語の授業のとき、すぐには自分の意見を持ってみんなに伝えるということは出来ませんでした。 だんだん国語があるにつれて、ゆっくり発表していくうちに自分の意見を持てるようになったと感じます。 自分の意見はノートに読み取って書くこともどんどん出来るようになって、自分の意見をみんなに伝えられるようになりました。 2学期に出来るようになりたいことは、全部をしっかり読み取り、それについて深く読み取りたいです。そして国語だけでなく、他の教科もみんなに自分の意見を伝えたいです。
これからもチャンス、チャレンジ、チェンジ、自分を変えていきたいです。
爺の感想
彼女の作文の締めくくりは、うれしかった。よかった。などの肯定的な感情の言葉が多いです。短文ですが、情景豊かに書いています。
「こんな家にすみたいな」
私は、ひの木の大きな、きれいな家に住んでみたいです。なぜひの木の家に住んでみたいかというと、ひの木の木が、いいかおりがして、 そのにおいが好きだからです。そしてなぜ、大きくて、きれいな家がいいかというと、大きかったら何でも出来て、広々としていると気持ちがいいからです。 なぜきれいな家がいいかというと、きれいだとへやの中がスッキリしていて明るい毎日が楽しめそうだからです。
家の外は、自然で色々な植物があります。まるでとなりのトトロに出てくるメイちゃんたちの家の外の周りみたいな感じです。 そんな自然の中で色々なフルーツを育ててみたいです。そのフルーツは、マンゴー、パッションフルーツ、パイナップル、さくらんぼなど数々のフルーツを育ててみたいです。
この家は3がい建てです。
1かいはリビングとダイニングルームです。テーブルは木のテーブルでキッチンは明るくとても広くて、使いやすい仕組みになっているオシャレなキッチンです。 リビングはソファーと、とう明のテーブル、テレビが置いてあります。ゆったりした空間です。
2かいは、音楽ルームになっています。どういう所かというと、楽器が置いてあり、音楽の練習をしたり、えんそうをしたりする所です。 その楽器は、グランドピアノ、木きん、アコーディオン、エレクトーンなど数多くの楽器があいてあります。 私は、音楽が大好きなのでこんな音楽の部屋があったらいいなと思うし、うれしいです。
3がいは、ベッドつくえが置いてあります。ベッドは女の子らしいピンクと白のがらのベッドです。つくえは勉強づくえです。そして3がいは、室内で育てる植物があります。
私はこんなきれいな、明るい家があるといいなと思います。木の広いお家に住んでみたいです
爺のコメント
1.このようなことを考えてくれる先生がいることに感謝せずにいられません。
2.この文は、彼女の今までの文と決定的に異なるところがあります。
今までは「在る」ことへの楽しさ、感謝の気持で書かれていましたが、この文では「より良くなりたい」と一体となっている所有欲が出ています。
