2007年8月号 第246号
目に見えなくても在るもの
6月7月の2回にわたって呼吸法に関連することを記してきました。書いているときは、実践しているというのが私の長所の一つですが、 やってみると何か変化が体験できるのも有難いことです。その意味で「我が耳鳴り君」に感謝せねばなりません。 塩谷式呼吸法を基本にして自分に適した方法に変えたり長続きすることを工夫してやっています。
(1)風呂の中での呼吸法
“冷えは万病の元”を信じて体を温めることに努力していますが、その一番が半身浴の長風呂です。
朝と夜の2回で60~70分入っています。特に夏は冷房で体が冷えているので夜はより時間をかけて暖かさを取り戻しておく必要が感じられます。
少し前までは新聞を隅々読むとか本を読んでいましたが、一ヶ月前より呼吸法をすることにしています。
25回呼吸をすると湯舟につかっている時間が丁度25分の良い加減の長さになります。力を抜いてダラーとして湯舟につかります。
まず思いきり息を呼きます。腹がぺしゃんこになるまで呼きます。次にゆっくりと息を吸います。すると湯舟の中にある自分の体が浮きはじめます。
更に吸いますと更に浮きます。何回かやっているうちにおもしろくなって限界まで吸いますとおなかが水面の上にまで出るほど体が浮きます。
塩谷式ではここで息を止めて念誦します。私の場合“耳鳴りが治った、音が消えた”と唱えるのです。その時は体は浮いたままです。
5~10秒そのときの気持ち良さで時間の長短が決まります。次にゆっくりと呼きますと体が湯舟に沈みはじめます。呼けば呼くほど体は沈んでゆきます。
空気が体内に入ると浮力が生じるわけです。空気は目に見えませんが、体に取り込むと水の中では浮力が生じる。
空気を出すと浮力が消えてゆくというあたりまえの体験をとおして空気の存在が実感できました。幼稚と思う人が多いことでしょうが、
「有無」について考えている私には新鮮な体験です。但し、この風呂の中での呼吸法が万人に良いか悪いかはわかりませんので、模範はしないでください。
といいますのは、塩谷式呼吸法はハッピーホルモンがしゅわしゅわと出てきてとても気持ちが良くなるときがあります。はじめて体験したとき、
気が遠くなってこのまま倒れるのではないかと気持ちの良い中で不安に思ったことがあります。
呼吸を止めて念誦を唱えることは力が入りますので血管に圧力がかかっていると思います。
私の場合は左耳の端の方に血液を流したいので特にそこに意識を集中しています。
血圧の高い人、血管がボロボロになっている人には血管がきれるとどうなるかわかりませんのでくれぐれも模範しないでください。
念のため私の血圧は100/55~108/60です。入浴歴は2年です。
有りてなほ無きとぞ思うみ国かな
天国を想像しながらの風呂の中での呼吸法です。
(2)健康が一番
あたり前すぎる言葉ですが、こんな時代になると何が頼りになるかと言えば健康に勝るものはありません。 尊敬する医師が「死は恐ろしくはないが死に至る苦悩が不安なのだ」と仰っています。この方は何と正直な方だろうと私は思います。 私の恩師中村健一先生は69才で9年間自らの癌の罹病を受容しながら大学で講義され最後は自宅で召天されました。 最近72才で逝去された顧問先の会長さんは6ヶ月の療養でしたがとり乱すことが全くなく人間の尊厳性と品格を保ったままの美しい 最後を証してくださった人々です。共通していることは普段から健康に留意していたことです。 人はよく「あんなに健康に留意していた人がなぜ・・・」と言われますが、私は健康に留意されていたから、良い旅立ちが出来たのだと考えています。 生涯現役を目指す者にとっては、健康が一番ということで少々執着しているところが問題かもしれません。肉体だけでなく精神も健全でなくてはなりません。 精神の健全が大切なのは発言や行動で他人に迷惑をかけないことです。昨今の政治的リーダーを見ればそのことが本当によくわかります。 世界保全機構(WHO)の健康の定義が次のように変っています(但し義論中です)。 「健康とは身体的、精神的、霊的(魂)が社会的にもダイナミックに調和のとれた状態にあること」
(3)自然の恵みと人の励まし
健康を自分でつくりあげる人を自立的生き方をしていると言っても言いと私は考えています。 私もそんな生き方を目指して耳鳴りを恵としていろんなことをしています。東西医学のお世話にも当然なっていますし、 サプリメントからの助言にも耳を傾けています。必要な薬も服用しています。何かを批判してやらないのでなく、可能性のあるものにはチャレンジしています。 それができる今の自分はすごいと感じています。 基本的な健康維持に必要なことを三つあげるとすると、1)冷やさないこと、2)運動をすること、3)肚で呼吸をすること、になるように感じます。 そのために必要なのは空気、水、熱(太陽)だと実感しています。水を暖めるのにはエネルギーがいりますが、太陽光を源とすれば本来的には全て自然の恵み。 だから自然との調和を維持すればよかったのですがもう歴史が戻らないように自然破壊も進みすぎましたから自然の恵みを享受できる人は少ないです。 そんな中でも私は緑豊かな山奥に住んで良い空気は呼吸に更なる養分を与えてくれますし、水は豊かであとは自分の意欲だけで歩くことも自由です。 この山里深い自宅に送ってくれるタクシーの運転手さんが私のことをよく知ってくれていろんな情報をくれます。歩いていると手を振って励ましてくれます。 車に乗ると“先生、このごろ写真やってますか”と親しく声をかけてくれます。そうです健康の四番目は趣味を持つことです。 ゆっくり焦らず自然との対話をするために写真をはじめてもう2年になります。写真の哲学は論じられますが、 作品はまだ幼稚で通信教育を延長してもらっているところです。
(4)限界の承認と受容
これだけ健康について論じられるのは、自分の限界を直視していることの証拠です。老化現象は当然のこととし、ありがたいことに進みます。 進まないと困るのです。動作は緩慢になります。瞬発力はどんどん低下します。刺激反応力も落ちます。先日久しぶりに自動車の運転をしました。 車を前に進めることはできます。(無事故ドライバー)前から不意に何かが出てきた時には必要以上に避ける運転をします。 この時先方から車が来ていることを見落としています。その車が私の行動に気づいてくれてよけて走ってくれましたので難なく事故に至りませんでした。 これは瞬時に複数のものが迫ったときに適切な判断ができない証拠です。従って私の運転は道交法に定められたスピードでしか走りません。 後続車がイライラしているのがわかりますが、どうしょうもありません。以前は左に寄って道を譲る余裕がありましたがもう左に寄って止まる力もありません。 間もなく66才になりますが、老人社会ですから私以上の人がたくさんハンドルを握っています。個人差はあると言われますが、大した差ではありません。 車の運転には要注意です。ドアの開閉、車から降りる動作が遅くなります。運転をしている人から見るとなにをぐずぐずしているのかと腹立たしいでしょうが、 これもしょうがないのです。 このしょうがないという考えに甘えているところに若い人からの批判が入ることを心しておかないととんでもない老年時代になってしまうことを心しておかねばなりません。
記憶と忘却
(1)記憶の風化
私の年が改まる頃は、原爆と敗戦記念が前後してやってきます。人が老化するように歴史にも老化現象があるのだろうかと疑問がわきます。 7月7日に五木寛之氏のエッセイ「一匹オオカミの遠吠え」には心から共鳴しました。
「記憶も風化する。あれほど心と体に刻み込まれたような思い出がいつしか薄らぼんやりとしか感じられなくなる日がくる。 だからこそ戦争が繰り返されるのだろう。人類の記憶も風化する。 ―中略― 記憶もまた酸化し錆びていく。 戦争の記憶も風化していき人々は戦争の実体験をよびおこすこともできないまま、戦争を頭で理解し、受けとめるようになる」
日本が平和憲法をもっていたことも風化してしまうのだろうか。私も入っている9条の会のよびかけ人の小田実さんが逝去された。
3年後に行われるかもしれない憲法改正の国民投票に向けて活躍が期待されていた方です。
戦争で勝って幸せになった国はないことを人類は歴史から学んでいるにもかかわらず平和になることを拒否している。
それは
「滑稽でおかしく、場合によっては痛快でもある。同類の生命を同じ生物同士が大量に殺しあう。 それは人間そのもののもつ本質であるかもしれない。それをもし“悪”と呼ぶなら人間は全てみな“悪人”であり、 そのことを全く意識しない人々を“善人”と呼ぶのだろう。 “悪人正機”という思想の背後に人間に対する徹底したニヒリズムが潜んでいることをどうしても忘れることのできない夏である」
(五木寛之氏前掲つづき)
(2)記憶の歴史化
記憶の反対現象は記憶の固着化(又は歴史化)と考えます。
これは概ね偽政者によってなされ、都合の悪い部分が切り捨てられ都合の良い部分が誇張され教育を通じて次世代に伝わります。
異様にも思えるナショナリズム意識の形成です。事実が真実に伝わらないのが罪ある人類の歴史かも知れません。
本年8月6日の広島平和記念式典においても、市長は総理大臣を前にして堂々と「唯一の被爆国である日本国政府には
まず謙虚に被爆の実相と被爆者の哲学を学び、それを世界に広める責任があります。
同時に国際法による核兵器廃絶のため誠実に努力する義務を負う日本国政府は、世界に誇るべき平和憲法をあるがままに遵守し―略―」と宣言しました。
これを受けて安部首相は次のように読みあげています。
「我国は戦後62年間ただひたぶるに国際平和への道を歩んで参りました。 広島や長崎の悲劇はこの地球のいかなる地においても再び繰り返してはなりません。 我国は人類史上唯一の被爆国としてこの悲惨な経験を国際社会に語り続けていく責任があるのです。 私は、犠牲者のみ魂と広島市民の皆様の前で、広島長崎の悲劇を再び繰り返してはならないとの決意をより一層堅固なものとしました。 今後とも憲法の規定を遵守し国際平和を誠実に*し、非核三原則を堅持してゆくことを改めてお誓い申し上げます。 国際社会の先頭に立ち核兵器の廃絶と恒久平和の実現に向け全力で取り組んでまいります。」 (8月6日朝8時20分からのTV放送を録画し起文しましたので*のところが読み取れませんでした)
この首相の言葉を素直に真実なものとして受け留めたいですが、この首相は教育基本法の改定を終わらせ、
3年後の憲法改定の国民投票を準備した同じ人物です。数日にして考えが大きく変ったのか、政治家のよくある二枚舌なのか疑問は残ります。
しかし、作文した官僚は「この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきである」とする旧基本法前文を削除したことに良心の呵責を
感じているのではないかと推察します。
小学6年生の平和への誓いの文をここに掲載します。「これが本当にあったことなのです」と力強いメッセージです。
私たちは、62年前の8月6日、ヒロシマで起きたことを忘れません。あの日、街は真っ赤な火の海となり、 何もかもが焼かれてなくなりました。川は死者で埋まり、生き残った人たちは涙も出ないほど、心と体を傷つけられました。 目も鼻も口もわからないほどの大やけど。手足に突き刺さった無数のガラス。あの日、ヒロシマは、怒りや悲しみのとても恐ろしい街でした。
これが原子爆弾です。これが戦争です。れが本当にあったことなのです。しかし、原子爆弾によっても失われなかったものがあります。 それは生きる希望です。祖父母たちは、廃虚の中、心と体がぼろぼろになっても、どんなに苦しくつらい時でも、生きる希望を持ち続けました。 多くの犠牲の上によみがえった広島をもっと輝かせたいという思いで、原子爆弾によって焼け野原になった街をつくり直してきました。 そして、今、広島は、自然も豊かでたくさんの人々が行き交う、笑顔あふれるとても平和な街となりました。
今、テレビや新聞は、絶えることない戦争が、世界中で多くの命を奪い、今日1日生きていけるか、1日1食食べられるか、 そんな状況の子どもたちをつくり出していることを伝えています。そして、私たちの身近なところでは、いじめや争いが多くの人の心や体を壊しています。 嫌なことをされたら相手に仕返しをしたい、そんな気持ちは誰にでもあります。でも、自分の受けた苦しみや悲しみを他人にまたぶつけても、何も生まれません。 同じことがいつまでも続くだけです。平和な世界をつくるためには、「憎しみ」や「悲しみ」の連鎖を、自分のところで断ち切る強さと優しさが必要です。 そして、文化や歴史の違いを超えて、お互いを認め合い、相手の気持ちや考えを「知ること」が大切です。 途切れそうな命を必死でつないできた祖父母たちがいたから、今の私たちがいます。原子爆弾や戦争の恐ろしい事実や悲しい体験を、 1人でも多くの人たちに「伝えること」は、私たちの使命です。私たちは、あの日苦しんでいた人たちを助けることはできませんが、 未来の人たちを助けることはできるのです。
私たちは、ヒロシマを「遠い昔の話」にはしません。私たちは、「戦争をやめよう、核兵器を捨てよう」と訴え続けていきます。
そして、世界中の人々の心を「平和の灯火」でつなぐことを誓います。
平成19年(2007年)8月6日
