ベストピア
月刊ベストピア

2007年5月号 第243号

言葉の力

 初めは記号であった。数字と物を表す記号であった。それは今から5500年前頃であった。 文法的に言えば、言葉が普通名詞のみでなく抽象名詞(例えば愛・平和・・・憎悪等)を表すようになった。 すなわち、見えないものを表し何かの意味を持ち始めるようになって、言葉は偉大なる力を持つようになった。
 古今東西の古典的な「人類の幸せを願う文献」は、人間の内面に影響を与える力を持っている。聖書はそれを明確に表現している。 「初めに言があった。言は神と共にあった」(ヨハネによる福音書第1章第1節)
 この言葉の発達の歴史は、今でも私たちは子育てによって振り返って体験することができる。 赤ちゃんは、アー、ママ、マンマと記号を覚え、単語と単語のつながりが他人を動かすことができた時の喜びを味わって、言葉とその意味付けを学んでゆく。
 具体的には「ママ、マンマ」と発した時に、お母さんが食べ物をくれる。それは達成感と食欲の双方が満たされる喜びであった。 これは言葉に力があること又は言葉が力を持つことを示す単純な一例である。
 今では次の言葉が常識となって知らないものはいない。
 人は一言で勇気を得生き生きる
 たった一言で傷つき復讐がはじまる
 復讐とは少し極端な表現であるが、全ての人間が持つ罪を典型的に表すものである。 ぐさりと胸に刺さる一言によって歴史が動いている(ミュージカル マリーアントワネット・遠藤周作)。
復讐はエネルギーを生む。「ささいな結果が大きな結果を生んでしまう」
 ここで「コミュニケーションの決定権は受け手側にある」という法則が働いていることも忘れてはならない。
 言葉を発する親の不用意な一言が、わが子をも犯罪者に走らせることもある。
 私も若い頃は、汚い言葉を発し、自分も他人も不幸にしてきたことを覚え慙愧に耐えない。 最近では努力をして言葉遣いには細心の注意を払うようになった。そんな矢先である。 最も聞きたくなかった言葉を浴びせられ、そのショックから未だに回復していない。これは自分の内面のみならず、肉体の健康をひたすら蝕むものである。
「こんな程度の低い者たちに教える気はしない」リーダーが絶対に発してはならない言葉である。痛恨極みであり、戦後のマッカーサーですら発してはいない。
 はらわたの煮えくり返る日々が続いた。
 主の祈りの中に「我らに罪を犯す者を我らが許すごとく我らの罪をもたまえ」がある。祈れない日々が続いている。
 しかし、許さねば死の床まで戦わねばならない。更に強く祈らねばならない。祈り、心の底から新しく作り変えられなければ、 後半の人生は幸せにはなれない。もうこの年になって、うらみつらみや復讐心をもって人生を生きるのはこりごりである。 大きな広い心で深い思いやりをもって、戦いのない人生を目的に向かって精一杯生きたい。
 ミュージカル マリーアントワネットはこれらのことを心底から教えてくれた。私にとっては名作であった。さすがに遠藤周作である。

人前に立つ

 こんな気持ちで人前に立って話せばならない時は、聞いてくださる方に申し訳なく辛さで胸が締め付けられます。 しかも、若い人々の未来を作り成長するためにメッセージであれば尚更のことでした。 直前まで悩んだ挙句に知慧が知らせてくれたストーリーをそのままの形で記し残したいと考えました。
 身近な野球を例に取り上げ、スポーツの本質を考えながら、人生をも見つめることに主眼を置いて話をしました。創作ベースボールの実況を放送いたします。

創作野球の実況

 今日の試合は伝統あるXチームと最近編成されたYチームとの一戦です。試合は9回表が終わってX(3)― Y(0)。 Xチームの投手は大変好調で8回まで被安打1、与えた四球1、投球数85球、誰もがXチームの楽勝を信じ、 一方的な試合に嫌気がさした観客の多くが球場を後にしていた。

Yチームの9回裏の攻撃

(1)打順は6番、今日はいいところなし、第1球を打ってサードゴロで1アウト。

(2)7番ピンチヒッター今年入ったばかりの太郎君。監督の狙いは太郎君に試合経験をさせること。ここで出塁を強く求めてはいない。
 第1球 宙を切る大きな空振り
 第2球 辛うじてバットに当てるファウル
 第3球 ボールを選ぶ
 第4、5、6球 くらいつくようにファウル
 第7球 ボール
 第8、9球 タイミング合わずファウル
 第10球 ボールでバッタカウント 2-3
観客は帰りの電車を気にして、早くバッターアウトになることをひそかに望んでいる。
 第11球 振りかかったバットが止まった。回ったかもしれない。塁審の判定ボール 今日、二人目の四球で出塁。
 観客はアーアーのため息。帰るに帰れない複雑な気持ち。応援団の声援も心なし中途半端。

(3)8番 完封だけは避けたいという意気込み。バントの構えもその気迫がうかがえる。 1球ボール、2球バント失敗ファウル、3球ストライク、4球辛うじてファウル、5球目ランナー走る、サインは出ていない。 慌てたバッターがちょこんとバットを出す。球は前進していたファストの後ろにポトリと落ちる。走者は2塁へ、バッターも全速で走り一塁セーフ、内野安打。

(4)9番 ピッチャーにはベテラン40歳のここ一番では良い働きをする確率の高いM選手がピンチヒッターに起用される。
 この辺りから観客席の雰囲気は変ってくる。1球、二人のランナーが走る、M選手は打つ。ファストとセカンドの内野ゴロ。 逆をつかれたセカンドがやっとボールをとり、一塁アウト。ここで2アウト2塁3塁。ランナーをためることが同点に追いつく最善の戦術をモデル通りにやってきた。

(5)1番バッター 俊足でリードオフマンの好選手だが今日はいいところがない。スクイズはないと見た内野手は定位置で守っている。 粘りに粘って第8球ボールを選んで満塁。
 得点はX(3)― Y(0)だが、9回表までの単純で退屈な試合が一気に盛り上がり始める。観客は時を忘れ始め、応援団にも力が入り始める。 全国のテレビ観戦者も熱心に液晶画面に見入る。

(6)バッターは今日唯一ヒットを打っている。3番には強打者が控えている。2番バッターはワンヒットが期待されている。 今年の個人データを見てもホームランは一本である。キャッチャーがマウンドまで駆け寄って、ピッチャーとサインの確認をする。 間を取って気分転換を図ろうとしている。8回までの完璧に近い投球が、ここまで乱れるとは誰も想像できない。 死んだように静まり返っていたスタンドが湧く、声援が月の夜空にこだまする。帰りの電車を気にする人もいなくなった。 スタンドの熱気が満ちて、選手にも伝わる、監督の目も輝いている。バッターへの監督の指示は、第1球を振り抜けということである。 どんな球であれ降り抜くことが2番バッターの役目である。テレビを見ている人はバッターの顔の表情から、何かをするなぁという気合が伝わってくる。
 ピッチャーが投球モーションに入って、バッターが球を待っている。ボールが来た。148kmの直球であるが、2番バッターはそのボールが止まっているかの如くに見えた。 振り抜いた。少し早すぎたスイングではあったが、ボールは月夜の空に舞い上がった。しかもスピードがある。 レフトスタンドのポールを直撃するかのようにファウルかホームランか。観客は固唾をのむ。一瞬の静寂。そして塁審の手がぐるぐる回る。 再び球場は大歓声に湧く。試合は終わった。スタンドは釘付けである。負けたチームのファンの多くは、悔しさよりも感動で拍手を送る。 数名の人が「負けやがって」と唾を吐いて悪態をつくも、ファンは一体となってこの戦いから得た感動に喜び酔う。 一発逆転に拍手が止んだのは1時間後であった。静寂の球場の闇夜の中に月光が満ちている。

感動するフィナーレ

 この試合から何を学ぶか。人それぞれ多様な学び方があるでしょう。
 このような試合が「1シーズンのどのくらいあるだろうか」と問ってみた。1つや2つではないはずである。 9回裏の逆転の確率、どなたかデータがあったらお教えいただきたいですが、3%位はあるかもしれない。決して低い確率ではない。
 同じように誰の人生にも逆転はある。今どんな悩み苦しみの中にある人にも、先の見えない患難の中にある人にも、大逆転はあり得る。 希望を持って尽力する限りにおいて、最後まで諦めてはいけない。逆転は奇跡ではない。逆転を実現するには9回裏まで戦わねばならない。 戦意(意欲)と体力の維持が必要である。特に負けている時個々人の戦う姿勢と気持ちの持ち方が大切である。
 どんな時でも手抜きをせず、勝ち負けを度外視して、今ここでベストを尽くすこと。もう一つ、今負けている原因、例えば仲間のエラー、 仲間がチャンスを凡打したことなど忘れて、他人のせいにしないでただひたすらベストを尽くすこと、そのお手本がイチローではないだろうか。 そのことを知る人の多さが日本人を米国野球に興味を持たせているのだろう。
 彼の研究心、追求心は、人並みはずれているのだと想像しつつ、次の言葉が思い浮かびました。

明日死ぬかのように今日を生きる
永遠に生きるかのように今日に学ぶ
           ガンジーの言葉

危機一髪(2)

 今月号はもう駄目かと思っていましたら、ANAのコンピュータの事故で福岡空港で3時間待ちとなりました。 そのお蔭で原稿を書くことができ、私のために時間が止まったような気がして感謝さえしているところです。 内容はともかく続けることができるのは自分の力だけではないことを感じています。
 ただひたすら心の平穏を求めるのみです。