2007年3月号 第241号
希望
(1)母の三周忌
2月18日は家族そろって冨士霊園に墓参りをしました。3年を経てつくづくと、母の人生はまことに御心にかなった生涯であったと思います。 特に最後は召されるべき時に召されるにふさわしい姿で旅立ってくれました。肺炎で入院をするとき私は鳥取で仕事をしていました。 それからは、ほとんど目を覚ますことはなかったのですが、私や家族の者がかけつけた時だけは意識を戻して、ひと言ふた言、必死で目を開きました。 六日後の早朝4時30分頃召天しました。私はその日は税務調査に立ち会うことになっていました。 母はいつも「仕事で人に迷惑をかけるようなことはしていけない、私に何があっても仕事が先だ」と言ってくれておりましたので、 躊躇なく調査に立ち会い仕事を完遂しました。
(2)墓の建立
墓は以前から冨士霊園に準備をしてありましたが、墓碑はなく、昭和37年8月に召された父の墓は鎌倉霊園にある日本キリスト教団神奈川教会の 墓で守っていただいておりました。自分の墓碑をどう名づけるか、「どんな文字を彫りますか」という問いに対して、私は積年の思い通りに「希望」と断言しました。 ということで、我家の墓碑は季節ごとに美しい冨士霊園の一角に「希望」という名で建っています。 遠くないところにあるので家族で美しい花々をめでながら季節の折々に孫たちと希望の前に座っております。
(3)希とは「まれ」と読む
希望という字は不思議な字です。全体としては積極的な響きをもっていますが、分解すると望み少なしという意味にもとれます。 「希」はまれと読み、数がきわめて少ないさま。非常に珍しいさま。「世にも希な美人」「たぐいない希な才能」「ごく希に青い花も咲く」のように用います。 「望」は、人は望なくして生きられないという表現もあるように人間の根源的な力のある言葉です。 望みが少しでもあれば人は生きてゆけると単純に考えたり、理屈抜きで希望の言葉から生きる力を感じとるのもいいことだと思います。
(4)ベストピアのはじまりの言葉は希望
ベストピア(人と組織の研究所の前進)は私がつけた学習塾の名称でベストを尽くす場所という合成語です。
開塾の時に生徒さんを集めるために配ったチラシ、部屋の前に貼った文字は大きな希望の文字であり、このベストピアの第一号は、
生徒さんの父兄に対するメッセージも「希望」という文字ではじまりました。私にとっては人生のどん底の時でした(今から振り返っても、
その時が間違いなくどん底でした)。どん底でも希望があれば生きられるのです。この不思議な言葉の源はどこにあるのでしょうか。
あまり知られていない唱歌に「希望のささやき」という短い歌があります(CDを捜しています。なかなか見つかりません)。
“希望の甘き言葉、憂きにも幸はひそむ”という歌詞で苦しいときよく口ずさんだ思い出がいあります。
(5)疑えば花ひらかず
アブラハムは「希望をするすべもなかったときに、なおも望みを抱いて、信じ・・・その信仰は弱まらず・・・不信仰に陥って神の約束を疑うようなことは しませんでした。」(ローマ4:13-24)文語の名文は「彼は望むべくもあらぬ時になお望みて信じたり」とあります。 このアブラハムの物語は創世記12章にあり75才で生まれ故郷(ハラン・・・現在トルコに同名の場所があります)を離れて、 神の命令に行先も知らずに旅立ったという有名な物語に関連します。疑わず神に従うという姿勢、 すなわち全信頼の意志に希望は関連づけられています。
(6)真の希望が生まれるとき
鍵山秀三郎氏もよく語られる言葉でパウロの有名な言葉は日本でもよく引用されていますが、「わたしたちは知っているのです。
苦難は忍耐を忍耐は練達を、練達は希望を生むということを」(ローマ5:3~4)。この文を逆から読むと希望→練達→忍耐→苦難となり、
苦難こそ希望の源ということになります。安易なものから希望は生まれない患難辛苦を舐め尽くしたところから、何故か、希望が湧いてくるとすれば、
それは人の業ではないと言えます。
宗教改革者ルターは、前文をもじって「患難は焦燥を生み出し、焦燥は強情を生み出し、
強情は絶望を生み出し、絶望はすべてを駄目にする」と警告しています。「現在の状況は、不安、不安定そして絶望に向かっていると言える。
経済の好況と不況格差、教育をはじめとする政治の不安定、変更癖指導者、経営者の不道徳、欺瞞、肉親相互の殺人虐待、軍隊の再生、
老後の不安」(滝沢陽一先生の週報より引用)の中にあっても尚、望みうるとすれば、それは神に向かっての信仰のみかも知れません。
「希望を抱くには強い勇気と新しい意志が必要」とルターは言う。アブラハムのように、年齢を問わず、み旨の導きを信じて、
先ず与えられた生の今日の一日を踏みはじめる信仰を強めたい(前掲再引用)どんな状況にあっても、
他の全ての人に見捨てられようと「この方だけは決してこの私を見捨てたりはなさらない、そんな神の存在を身近に受け止め、
神との間に平和を創る」ところから希望が生まれてきます。
(7)少年は大志を抱く
クラーク博士の有名な言葉「少年よ大志を抱け」は多くの人々を勇気付け励ましてきました。歴史に残る名言となっています。
博士の言葉はBoys be ambitious(BBAと略語で通用する)。これを大志と訳した人はすごいと思います(訳者をご存知の方、教えてください)。
志は意志であり、人生の時に湧いてくる欲望に自らの使命をもって方向を決める。感性と理性の共同作用によって、具体化されるものであると私は考えます。
人生の時々に湧いてくる欲望は変質していきますから、若い人が大望を持ち積権かかんに社会に躍り出ることは、とても必要なことなのです。
今私が感じていることは、活気に満ちている若い経営者やリーダーに、私の観点(年齢)から批判をしてはいけないということで、厳しき自分を戒めています。
私の志は終わりを見つめ目指したものになりつつありますから、血気盛んな人に理解もされないし、押付けてはならないものです。
温かく見守ることが大切です。私も若い頃には多くの大の温かいまなざしで成長させていただいたのです。
多くの人々の忍耐の上に生かされてきたことをやっと悟り始めた昨今です。
柳壇・最後の上司
(1)妻逝きて尚好きになり困ってる
素晴らしい題名の本を出版されている濱口文雄氏は70歳から川柳を学びはじめられました。奥様の勧めであったとのことです。
全般その作品の一つが神奈川新聞社の賞の二位に選ばれ3月10日授賞式に出られました。
現在84歳、二年前に奥様に先立たれた境地から「最後の上司」が生まれ更に今日の受賞となりました。
熟年離婚が増加する一方の風潮の中で一滴の清涼の如き夫婦愛を教えていただいております。
年長の方の人生を云々することは私にはできないことですが、ここに新聞の記事を掲載し、濱口さんの人生の深みを共に味あわせていただきたいと思います。
苦楽を共にしてきた妻に先立たれ、独りになった今、ようやく炊事、洗濯などの身の回りことをこなせるようになったが、日常の何かにつけ、
妻への思いは募るばかり、亡き妻への日々深まる哀惜をてらいなく吐露した実感句で、一人残された男のやるせなさが伝わってくる(選者 堀井勉氏の記事)。
同氏は大企業の要職を勤めあげ、何人もの上司と部下をもつ経験豊かで温厚にして叡智あふれる方です。最後の上司は奥様のことです。
(2)妻という上司がいたぞ定年後
これははじめての句ですが、それが日本経済新聞の「世相を詠む」に載ったのが1997年1月でした。
奥様は我がことのように喜んでくれたあとあとがきに記されています。
濱口さんは「文字通り仕事人間で完全な無趣味であった私の定年を非常に心配してくれて・・・私の手を引き、
背中を押すようにして公民館まで連れて行き・・・『川柳を楽しむ』の受講の申し込みをさせてくれたのが、私の川柳の始まりである。
74歳でであった。平成17年10月3日『私はもう駄目なようです。先に逝くことになりますがごめんなさい』と、
そして『私の好きなこと、したいことを自由にさせてくれてありがとう』と言われた時、私はなんと応えたのが全く覚えていない。
返事をすることの出来ずに、ただ呆然としていたようだ」と述懐されている。
- 入院の妻指図がやさしいね
「食事はちゃんと摂っているか」「野菜はどうしている」「風呂に入っているか」「よく眠れるか」等、 聞かれたことがどうしても忘れることが忘れる事が出来なくて辛い日々を過ごしている。
- 寝て一人起きても独りひとりめし食う
(3)老いて尚夢夢夢と夢を見ん
「まだ登る道をさがして余生あり」等々の素晴らしい句集をじっと読ませていただき、人生の先立の道、これから自分も行く道を学ばせていただいています。
66歳にして言えることあり、言えぬことあり、言ってならぬことありと思いつつ、「考えておく日本語の黙秘権」の句に出合いました。
(4)濱口さんのお人柄を表す句(私見)
- ノーという良心があり落ち着かず
- 人知れずかいた汗だね嘘がない
- 美しい嘘で始まる披露宴
- そんな事うっかり出来る人が好き
- 適量という曖昧なほどのよさ
この本の最後は次の句で終っています。
- 0からのスタート0で終るべき
なぜ金持ち会社は節税しないのか??
(1)44歳の税理士の著
敬愛する近藤 学兄(1968年生)の力作です。
中小企業の経営者には、首をかしげられる題名かもしれませんが、著者は豪腕をふるって世間を騒がせている人ではありません。
あとがきに次のように記しています。
「そもそもこの本を書こうとしたきっかけは、両親が経営した会社の倒産にありました。業績の悪化、資金繰りの悪化、 手形の不渡り、その後の銀行や税務署の行動理論などを間近に見ることによって、 それまでに無いくらい中小企業の経営について深く考えるようになりました。」(199頁)
著者が深く考えるようになった方向性は、これからの中小企業者の経営姿勢がどうあるべきかを積極的な未来志向にあります。 両親の会社の倒産するプロセスを何も助けることが出来ずにただ見つめることしかできなかった職業会計人の深い哀しみからの経験が生み出した本です。 それは真実に満ちており力があります。秘守義務のある会計人には書けないところを自ら体験として、誰にでも活用できる抽象性と具体性を兼ねています。 評論家の本ではありません。それ故に読むのには、現実を直視するという勇気が必要です。
(2)著者との思い出
1996年秋、イスラエルへブライ大学植物園の責任者であるI.アイアロン氏が来日、坂村真民先生との偶然の会談後、
京都の日本庭園を見たいという申し入れがあり、紅葉の京の旅となりました。
その時の通訳を近藤 学兄に依頼し、一日タクシーでいいとこどりの京都を案内していただきました。
これは大きな記念の仕上げの旅ともなりました。アイアロン氏は日本の松をヘブライ大学に植樹したいとの希望を持って来日し、
京都の庭園では松の芸術的な曲がり方など難しい質問を同兄にしていただきました。
その後、私は知人に依頼して松の種を二種イスラエルに送りました。“念ずれば花ひらく”第303番碑の近くに育っていると思われます。
その年に同兄は開業され、奥様と共に地道な努力をなし今では“資金繰りドクター・中小企業のかかりつけ医”として活躍し、
わかり易い文章で執筆もしています。次へアクセスしてみてください。http://www.kondotax.jp/
(3)読みどころ
1.温泉資金会計理論
温泉の源泉から浴槽に至るプロセスを資金の流れにあてはめ、本当にわかり易くお金が貯まる仕組みを解説しています。
2.借入金との美しい付き合い方
してOKな借入金とNot OK名借入金について平易に解説しています。晴れた日に傘を借りる。借金の奴隷になるな、めざせ!プチ無借金経営がキーワード。
3.節税の常識のウソ
節税にも善し悪しがある。日本には本来の意味での節税対策は存在しない。なのになぜ節税が好きなのか。
著者はここから本領を発揮しています。
「世の中に確かなものはない。ただ死と税金を除いては。」(ベンジャミン・フランクリン)を引用し、
利益の半分は税金という考えの誤りを実効税率で納得させ「借入金の返済は税金を支払った後の資金からする」ことの大切さを
実感的で重量感のある言葉で語っています。 《詳細は次号へ》
納税者を悩ます、通達と税務調査もユーモアでわかり易いです。
「通達とは、上級官庁から下級官庁に対する取り扱いを指示した役所内部の文書です。」(129頁)
面白いので一晩で読みきれる本です。
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