ベストピア
月刊ベストピア

2007年2月号 第240号

(1)240号を迎えて

 年末ウィーンのコンサートで知り合いになった若い夫婦にベストピアを送りましたところ、それが239号ということで驚いて温かい励ましのお便りをいただきました。 日頃意識しないことも新鮮な眼で見ていただいて、知らされることは大きな学びになります。本号は私の新生と共にしている240号(20年継続記念号)に なるはずですが、記念号は250号まで延期することにします。
 号数を付けるようにとお勧めいただいたのは、寺田一清先生でした。その時が丁度100号 であったことも驚きでした。あれから12年以上の歳月が流れ世紀の変り目も体験できたのだなぁと、なんとなくしみじみとしているところです。

(2)タンポポ堂の思い出

1月末、納骨も終えられた真民先生宅を訪ねました。真民先生が書斎にしておられた部屋で3時間ほど滞在させていただきました。20年間近く、 親しくご指導を賜わった数々の思いを想起しながら、うとうとしてしまいました。この部屋から数知れない詩が生まれ、幸せの種をつくられ世界にまき散っていった タンポポの美しい花びらを、その数々の光景と共に想い出しながらの至福の時でした。
 想い出の中の一つに「日々是好日」の掛軸の話があります。 まだお知り合いになって間もない頃、妻を伴い旧タンポポ堂にお伺いしました。おいとまする直前に先生が妻に、「今日の記念にこの部屋の中の何でも一つ お土産にあげる」とお仰いました。妻は間髪を入れず、写真の掛軸を選びました。先生のお顔が驚き少し急変しました。「男に二言はない、もってゆきなさい。 それにしても、あんたの目は高いなぁ」と感心のお言葉が今も忘れられません。今もこの軸は大切にし、時期に応じて床にかけて日々精一杯生きる我々の モットーになっています。確かに、この言葉は万人の知る一語ですが、こんな人生の歴を持ったときに、その人々には特別な言葉として命のように生きつづける のだという学びをさせていただいた思い出の一つです。

(3)真民先生を支えた人々

 数年ぶりに開花亭に行き懐かしさと共に昼食をいただきました。ここは「念ずれば花ひらく」(100番碑)のあるところで、朴庵例会の会場にもなっていた所です。 朴庵例会の閉会後、事情があって開花亭の経営が困難になりRCCの手にまで渡ってしまったということです。100番碑があぶないという意識が地元の人々の間に おこり、誰かがそれを守らなければならないとの危機感から立ち上がったのが稲荷滋明さんでした。公務員を退職され経営の経験の全くない滋明さんは 悩み家族の反対をも押し切って、「先のことはわからないが、やらんといかん」と思って決断したということです。このことを聞かれた真民先生は幾度も深甚の感謝の 言葉を慈明さんに伝えられたと涙を一杯にして帰ってくれました。朴庵例会の運営は地元の稲荷喜久夫さんご夫妻(いずれも物故)が中心になり自然発生的に 起きたものです。片山克さんの無心のご奉仕は多くの人に知るところですが、まだまだ多くの人々が、地元で支えてこられたことを教えていただいた日でありました。 (滋明さんが愛媛新聞からの依頼に応えた追悼文を4項に掲載します)

(4)感謝すべきが日々是好日

 辻・本郷税理士法人となり一ヶ月が過ぎました。毎日元気を精一杯働かせていただいております。火曜から金曜まで一名の税理士が常勤して 知識と情報面で強力なバックアップをしてくれています。お客様への訪問もはじめており、私の激務を緩和していただいております。 私も全てに心を尽くして思いを尽くして誠意を持って働いて、快い疲れを毎日癒し感謝のうちに新年がスタートしました。 誠意は必ず天に通らずという言葉の証がこれからの勤めであると自覚しております。

部分と全体

(1)突き指

 1月の終わりに無意識のうちに右親指をドアにぶつけて「痛い!!」と悲鳴を上げました。しかし次の多忙な仕事に移って3日間ほど そのことを忘れていましたが、夜になり右手のうずきを感じ始め、しみじみ親指を眺めると少し内出血をしているようで、なぜこうなったのかがわからず、 原因を思い出すのに3日間かかりました。加齢のせいにしてはいけないかも知れませんが、全てを意識して生きていけなくなっていることは事実です。
 今回は右親指ですが、全体への影響はすこぶる大きく、一番困るのが文字が痛み無しには書けないということです。この突き指が原因となって 右手首からひじにかけて腱鞘炎のような症状です。鎮静化を待つことにしていますが、6ヵ月位は必要と言われます。 右手が不自由になれば左手がそれをかばい、体全体が右手の回復を支援し全体としての命が支えられているわけです。当たり前になっている組織論です。 神様は何一ついらないものはお作りになっていない。しかし、その一つはその一つでは存在しえない。序列のない不完全な部分が御心に従って統合される ことによって命はその目的に向かって生きてゆくことを実感しているところです。この原稿も殆んどはじめての人には読めませんが、秘書の勝田姉がそれを活字に してくれます。誰一人例外なく一人では生けてゆけないのに、一人で生きているかのごとく錯覚(自己中心性)によって競いがやみません。芳村思風先生が よくお仰っていた「理性の現象の一つ、自らの正義を貫かんとして他を攻めることは悪である」は全ての人間の社会にあてはまるのですが、 そこに気づいていないのがこれまた人間の自己中心性なのです。親指が痛いからといって親指は他を責めることはしていません。 他の機能も何一つ親指に文句を言っていません。これが本当の助け合う組織なのです。

(2)助けは仕事

 間違いなく日々是好日なのでありますが、肉体は人並みに痛んでいます。尾てい骨の痛みは消えず、耳鳴りは激しくなるばかり、 寝れない夜はうつ状態になります。歯の治療も始めました。これに親指の痛みが加わり、これらの面ばかり見ていると滅入ってしまいます。 これから救い出してくれるのが仕事です。幸いなるかなすべき仕事があるということ。仕事に熱中している間は、苦痛から解放されます。 一番怖いのは寝つく前の静けさです。静まれば静まるほど耳がさえるからです。くたくたになるまで仕事ができる体力をつける必要がありますので、 時間をとり昼間の歩きは毎日継続しています。これは繰り返して申し上げているように体全体に良薬です。今一つ私にとって良いことは低温の長浴です。 体を芯から温めています。この二つによって翌朝元気に起床できており感謝しての日々是好日です。

(3)助けられたある日々

 天家国家を論ずる立場にはありませんが、ある人にとってはYESであり、ある人にとってはNOという答えになります。 教育の問題は万人が関心をもちますから教育改革は必要であり、その方向性を深く見極めることなく多くの人々が賛意を表します。 憲法改正も同じです。その本質を知る人も反対の意を表すすべを知らず黙してしまいます。そして歴史はある一定の方向に進みます。 進み出すそのエネルギーは力強く、愚かさも賢さも全てをつつみこんでゆきつくところまで行くのが通常の姿のようです。 最近ではリスク・マネジメントという言葉が流行しているように、できることなら危険は避けたいと人は願っていますから、 いろんな事前の対策が考え出され大きくは人類の慧知をもって対応していることもあります。例えば地震の探知などがその曲型でしょう。 このように対象が自然の場合は人類ベースの場がつくられますが、戦争という人間の社会の問題になると差別と競争の場がつくられることになるのです。 これをもって人類は愚かであることも学び知っているにもかかわらず・・・。

(4)07年の日本の経済

 語り尽くされている題名ですが重複を気にせずに記しますと、一番気になることは金の価格が1ヶ月で1000円以上上昇しています。 その他に住宅ローンの金利がじわじわと上昇しています。税金が上っています。じりじりと、特に中小企業に目が向いています。景況は悪いです。 原価割れの仕事をしいられた中小企業も限界に来ています。自律という名のもとで社会福祉と病気のコストが上っています。これは事実ですから、 これをどう個人が読みとくかがリスク・マネジメントの出発点です。

(5)話は変りますが・・・

 私個人のリスク・マネジメントで気にしていることは、階段を降りるときに最大の注意をすることにしています。原則としてエスカレーターを利用する。 歩かねばならない時は手すりをもつかその近くを歩く、踏みはずさないように下をよく見て歩く、なぜこれ程注意するかと申しますと、 足腰の負傷は歩くことに支障をきたすからです。これほど注意しても階段をころぶことがあったとしたら人は「あんなに注意していたのになぜころぶのか」といいます。 注意しても避けられない時は避けられないのがリスクです。歩行賛歌の大石さんが昨年8月倒れられ闘病生活をされ1月下旬に退院されました。 歩いていたおかげで養われた忍耐力、克己心、向上心が苦しい厳しいリハビリをのりこえる原動力になっていたのです。 備えあれば奇跡もよびおこせるという証を、私は大石士朗さんの生き方から学びます。苦悩をつきぬけて歓喜に至るその道があるから、 どんな時も日々是好日なのです。